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信仰を失いかけた信者のすること [音楽学校裁判]

「宝塚心のふるさと教」という信仰を失いつつあるのかもしれない、今日このごろ。最近、ふと気分がふさがるのだが、これは「信じていた宗教組織が腐敗していたと知ったショック」なんだと思う。

え、そこまで宗教チックなのか、ヅカファンて。と引かれると思うけど、自分でも相当引く。自分に(笑)。

ヅカファンの中にはいろいろあって、サークル活動みたいに会活動が楽しい人とか、パトロンするのが楽しいマダムとか、いろいろだと思うのですが、自分は少女の狂気で(←精神年齢が幼い、の意味です)、何かに自分を捧げたいと思っているのかもしれないです。何か良きものに自分が入れ込んでいると思い込み、それに陶酔したいのです。

しかし、その宗教の組織がとことんアホで、教義に反していた、と。それをまた、精神年齢が幼いから、いちいちショック受けてる、と。

ああ、ユーリ先輩のように、「革命が俺を裏切ったとしても、俺は革命を裏切らない」と言えるようになりたい。組織が腐敗していても、基本的な精神は不滅なわけで、たとえ誰もそれを実践していないとしても、せめて近づけるようにしたい。

それで、何をしたくなるかというと、昔の『歌劇』を読みたくなる。前から歴史探訪は好きだったけど、ますます昔のことを知りたい。これって、まんま、教会が腐敗して、基本に帰ろうとして聖書を読み返すのと、一緒じゃん! わしはマルティン・ルターか!

ほんと、宗教なんだよね、タカラヅカ。起これ、宗教改革。

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うたかたのオペラ(日本青年館 5/8 13:00) [観劇メモ(ヅカ以外)]

川崎麻世が出演できないとわかっていて、なぜ再演したのだ!?

舘形比呂一は、ダンスはうまいが、せりふが棒読みだ。歌も声はでてるが、やっぱり棒読みだ。芝居として成り立ってない。華もない。ドクトル・ケスラーが成り立たないと、この芝居は崩壊してしまう。

ドクトル・ケスラーと甘粕の演じ分けができないと、ねえ。道化と、政治家とが極端に違ってないと、最後の化粧の場面で「ケスラーと甘粕が同一人物なんだ」って衝撃が走らない(今回、パンフに同一人物って書いちゃてるのも、もったいなさすぎる。意味不明)その衝撃があってはじめて、メイファと甘粕の大人〜な関係にぐっと来るんじゃん。

あと、メイファを逃がそうとして賭けに負けた甘粕の号泣とかね。それまで道化にしろ政治家にしろ、かっこつけてた彼が豹変するのがぐっとくるはずなのに。

嘘の国を作る甘粕とメイファ、うたかたのレビューをやってるケスラーとメイファ。利用しあっているようで、信頼しあってるようで。恋のために命は捨てない、だけど、夢のために命を捨てる。臆病ものが一番えらい、嘘の世界を作ることが、あの時代への反抗だった。…ということが、全然伝わらなかったよ…

麻世って、うまかったんだ。この役って難しかったんだ。脳内で一生懸命、麻世に変換して観ていた。。。

そもそも、『女ねずみ小僧』で麻世とリカちゃんの組み合わせをいいと思った横内謙介が書いてくれた、宛書きじゃん? せめて、大澄賢也とかさ。っていうか、麻世ファンはこの作品、麻世で再演してほしいと思ってなかったのかなあ? そんなこと思うのは、リカファンの傲慢? 松竹座のうたかたのオペラは、紫吹淳だけじゃなく、川崎麻世あっての成功だったと、今あらためて、強く強く思うのです!!

青年館という半端に大きい劇場ってのも、いまいちだった。レビュー小屋という雰囲気じゃない。せめて博品館とか、パルコとかテアトルとか。松竹座にあったセリや盆や花道もないし。。。それなら、装置をもっと豪華にするべきだった。

今後、発展していきたいみたいなことがパンフに書いてあったけど、リカファンとしてはとっても好きな作品だけど、ケスラーは麻世か、匹敵するぐらい上手い人で、小屋は小さく、でお願いします。絶対に。

初演感想その1→http://pt-omoitsuki.blog.so-net.ne.jp/2009-06-27
初演感想その2→http://pt-omoitsuki.blog.so-net.ne.jp/2009-06-29

蘇州夜曲の高音がきれいになっていた! リカちゃん、えらい。

はあ…麻世に会いたい(笑)。

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