一夢庵風流記 前田慶次 原作との比較(2) [観劇メモ]
もう一つ、ミラクルだなと思うのは、深草重太夫。
原作では、傾奇者を名乗って慶次と喧嘩して、あっさり殺されちゃう人。(原作では人がやたらと死ぬ)
そんなちょっとした人物を、コメディリリーフとして機能させ、暗く残酷になりがちな戦国時代ものを、明るくさせる。
しかも、彼はこの物語の「視点」ですよね。私たち観客のようなもの。慶次のようには生きられない、真似したいけど無理、でもその正直さだけは買ってよね、 という。
そんな彼が、最後は成長してしまうという。最後は慶次と一緒に戦っちゃって、甲冑には「大ふへん者」とあって、
参考→http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1023024715
重太夫の場合は「大不便者」のほうなんだろうけれども、最初の頃にくらべたらずいぶんと成長してます。私自身も慶次に勇気をもらって成長できた気がして、すごくうれしい場面です。
(なお、慶次が重太夫の足の上に乗って、お金で足を買おうとするエピソードは、別の人の話をくっつけてます。)
ほか、原作でのチョイ役を大きくふくらませているのは雪丸かなあ。
この人と加奈(せし子)のエピソードは、省略しようと思えば省略できなくはないんだけど、でも、二郎三郎(ひろさん)の策略とそれを救出に来る助右衛門(チギ)への情報流出という点で、まずは機能してるんですよねえ。
さらに、主に使い捨てられる雪丸と、主を持たない慶次。この対比が、雪丸の死で大きくクローズアップされるのもいい。雪丸が大きな役になったことで 慶次の自由さが際立ちます。
傀儡の親子(がおりと月城かなと君)も、原作とは違うというか、原作ではまつが登場する話とは別の話に登場する人たち。しかも、子(甚内)は、 もっすごい美少年で、男色のお誘いを断って喧嘩になるところを慶次が助けるという出会い。月城かなと君を見ながらそのエピソードを重ねると、二倍楽しめます。
秀吉のお母さんが、緊迫した場面で「ええ男じゃのー」などといいタイミングでアホな合いの手を入れてくるのもうまいよね。このやりとりも原作にはなかった。
原作を読むほどに、よくまあうまく作り替えたな、と驚きます。原作のラストは、直江兼次の戦の助っ人をしたあと、隠居するところまで。宝塚版だと助っ人に来たところで終わり。すっごく華やかでいいと思います。(たった8人で300人を倒したという戦なのだそうです)
原作では、傾奇者を名乗って慶次と喧嘩して、あっさり殺されちゃう人。(原作では人がやたらと死ぬ)
そんなちょっとした人物を、コメディリリーフとして機能させ、暗く残酷になりがちな戦国時代ものを、明るくさせる。
しかも、彼はこの物語の「視点」ですよね。私たち観客のようなもの。慶次のようには生きられない、真似したいけど無理、でもその正直さだけは買ってよね、 という。
そんな彼が、最後は成長してしまうという。最後は慶次と一緒に戦っちゃって、甲冑には「大ふへん者」とあって、
参考→http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1023024715
重太夫の場合は「大不便者」のほうなんだろうけれども、最初の頃にくらべたらずいぶんと成長してます。私自身も慶次に勇気をもらって成長できた気がして、すごくうれしい場面です。
(なお、慶次が重太夫の足の上に乗って、お金で足を買おうとするエピソードは、別の人の話をくっつけてます。)
ほか、原作でのチョイ役を大きくふくらませているのは雪丸かなあ。
この人と加奈(せし子)のエピソードは、省略しようと思えば省略できなくはないんだけど、でも、二郎三郎(ひろさん)の策略とそれを救出に来る助右衛門(チギ)への情報流出という点で、まずは機能してるんですよねえ。
さらに、主に使い捨てられる雪丸と、主を持たない慶次。この対比が、雪丸の死で大きくクローズアップされるのもいい。雪丸が大きな役になったことで 慶次の自由さが際立ちます。
傀儡の親子(がおりと月城かなと君)も、原作とは違うというか、原作ではまつが登場する話とは別の話に登場する人たち。しかも、子(甚内)は、 もっすごい美少年で、男色のお誘いを断って喧嘩になるところを慶次が助けるという出会い。月城かなと君を見ながらそのエピソードを重ねると、二倍楽しめます。
秀吉のお母さんが、緊迫した場面で「ええ男じゃのー」などといいタイミングでアホな合いの手を入れてくるのもうまいよね。このやりとりも原作にはなかった。
原作を読むほどに、よくまあうまく作り替えたな、と驚きます。原作のラストは、直江兼次の戦の助っ人をしたあと、隠居するところまで。宝塚版だと助っ人に来たところで終わり。すっごく華やかでいいと思います。(たった8人で300人を倒したという戦なのだそうです)
一夢庵風流記 前田慶次 原作との比較(1) [観劇メモ]
12日に2回目の観劇。楽しすぎて、発狂しそう(笑)。
大野作品ならではの、情報量多くて奥深そう! 世界観広がる! な楽しさに、原作由来のエンタメノリが加わった良いコラボ。というのが最初の感想だったのですが、(→ 前回記事)
それに加えて、ラブ要素がいいのよね~。
ヒロインが生意気。勝気。そのズケズケした物言いを、ニコニコと聞いている主人公男子。いやぁ~、たまりません。
思えば、大野作品はいつもそうだ(男同士がメインで、ヒロインおざなり作品のぞく)。『花のいそぎ』、『フェット・アンペリアル』、『ヘイズ・ コード』、『ネバー・スリープ』…などなどなど。(柴田作品の大人な二人や、ハリー作品のキザ男とハキハキ女子も好きですが。)
そのうえ、果たせなかった約束(大きくなったら結婚しよう)のために、頼まれたら嫌とは言えない、というのがまた…。『花のいそぎ』のラストを ちょっと思わせるじゃないですか。結ばれないからこそ、ずっと寄り添おうとする、という。切ないーーー切なすぎるーーー。
「男が女を抱くのは惚れたからに決まってるだろ」セリフは、原作にはありませんでした。大野拓史オリジナルでした。ぎゃぁぁ。
……キュン死って、こういうこと?(笑)
原作はね、ちょっとオヤジなんですよ。女性の描き方が。男性の物語に花(色気)を添えてるだけで、物語の本筋ではないの。舞台を観てから原作を読んだから、「えー、やだー」と思うことも多々あり。
それをここまでラブメインにするとは。
原作では、まつと慶次はそういう仲ではあるけれども、幼馴染ではない。ましてや、結婚の約束的なこともない。まつのキャラと魅力で、慶次が言うことを聞いてしまう、という設定。それはそれで悪くないんだけど、でも、幼馴染のほうがラブ要素が強くていいよね。(まあ、ヅカではよくある改変だけど、でもサイトー君の『エル・アルコン』では、大人な二人のままでいいのに無理に幼馴染にしたから白けてしまったよな)
それが、結婚の約束を果たせなかったから、もう二度と約束を破らないようにしようと思っている→秀吉を怒らせてはいけないとまつに言われた、だから秀吉を殺しちゃえ、につながるのが、ミラクル。まつとの約束を破らないために秀吉を殺そう、というのは原作にもあるんだけど、そこに幼い頃の約束がからむのが、胸キュンじゃありませんか。
捨丸の描き方もいいです。
原作では男性。かたきを討つために家来になる(=かなり慶次のことが好き)、というのは同じ。
なんだけど、宝塚版では捨丸が女性で、ちょっとかわいい服装をしたところを「馬子にも衣装だな」なんて慶次が言うと、ドキドキしちゃいます。
お色気担当の女性たちと慶次の絡みだけでなく、お色気とは無縁の女性も慶次を素敵だと思っている、慶次も(手は出さないけど)かわいいと思っている、ってところが、オヤジ仕様じゃなくて良いなあ、と思うわけです。
キャスト語りが全然できてないけど、原作比較続きます。
大野作品ならではの、情報量多くて奥深そう! 世界観広がる! な楽しさに、原作由来のエンタメノリが加わった良いコラボ。というのが最初の感想だったのですが、(→ 前回記事)
それに加えて、ラブ要素がいいのよね~。
ヒロインが生意気。勝気。そのズケズケした物言いを、ニコニコと聞いている主人公男子。いやぁ~、たまりません。
思えば、大野作品はいつもそうだ(男同士がメインで、ヒロインおざなり作品のぞく)。『花のいそぎ』、『フェット・アンペリアル』、『ヘイズ・ コード』、『ネバー・スリープ』…などなどなど。(柴田作品の大人な二人や、ハリー作品のキザ男とハキハキ女子も好きですが。)
そのうえ、果たせなかった約束(大きくなったら結婚しよう)のために、頼まれたら嫌とは言えない、というのがまた…。『花のいそぎ』のラストを ちょっと思わせるじゃないですか。結ばれないからこそ、ずっと寄り添おうとする、という。切ないーーー切なすぎるーーー。
「男が女を抱くのは惚れたからに決まってるだろ」セリフは、原作にはありませんでした。大野拓史オリジナルでした。ぎゃぁぁ。
……キュン死って、こういうこと?(笑)
原作はね、ちょっとオヤジなんですよ。女性の描き方が。男性の物語に花(色気)を添えてるだけで、物語の本筋ではないの。舞台を観てから原作を読んだから、「えー、やだー」と思うことも多々あり。
それをここまでラブメインにするとは。
原作では、まつと慶次はそういう仲ではあるけれども、幼馴染ではない。ましてや、結婚の約束的なこともない。まつのキャラと魅力で、慶次が言うことを聞いてしまう、という設定。それはそれで悪くないんだけど、でも、幼馴染のほうがラブ要素が強くていいよね。(まあ、ヅカではよくある改変だけど、でもサイトー君の『エル・アルコン』では、大人な二人のままでいいのに無理に幼馴染にしたから白けてしまったよな)
それが、結婚の約束を果たせなかったから、もう二度と約束を破らないようにしようと思っている→秀吉を怒らせてはいけないとまつに言われた、だから秀吉を殺しちゃえ、につながるのが、ミラクル。まつとの約束を破らないために秀吉を殺そう、というのは原作にもあるんだけど、そこに幼い頃の約束がからむのが、胸キュンじゃありませんか。
捨丸の描き方もいいです。
原作では男性。かたきを討つために家来になる(=かなり慶次のことが好き)、というのは同じ。
なんだけど、宝塚版では捨丸が女性で、ちょっとかわいい服装をしたところを「馬子にも衣装だな」なんて慶次が言うと、ドキドキしちゃいます。
お色気担当の女性たちと慶次の絡みだけでなく、お色気とは無縁の女性も慶次を素敵だと思っている、慶次も(手は出さないけど)かわいいと思っている、ってところが、オヤジ仕様じゃなくて良いなあ、と思うわけです。
キャスト語りが全然できてないけど、原作比較続きます。